一般森林講座「林業と生物多様性〜木を伐って、残して守る地域の自然〜」を開催しました
12/18(木)は一般森林講座として、「林業と生物多様性〜木を伐って、残して守る地域の自然〜」を開催しました。
「生物多様性」という言葉をどこかで聞いたことがあるという人も多いかもしれません。しかし、生物多様性という概念は何となく分かりにくい、つかみづらいものなのではないでしょうか。
今回は、生物多様性の基本的なことから森とそこに住む生き物に注目して、林業が生き物に与える影響や具体的な技術について解説いただきました。
講師は、高知市朝倉にある森林総合研究所四国支所の山浦悠一さんをお招きしました。山浦さんは、木材生産と生物多様性の両立を大きなテーマにされている研究者で、この後紹介する保持林業の研究の第一人者です。高知に来る前は北海道で研究をされており、その際の研究内容も含めてお話をしてくださりました。

生物多様性と人工林
生物多様性については現在、損失傾向が続いています。「生き物の絶滅が進んでいる」という話を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか。
こうした生き物の絶滅、生物多様性の劣化は環境の問題に留まらず、私たちの生活、経済活動にも影響が出てくることなので企業活動を含めて保全に取組んでいこうというのが現在の世界的な流れです。それに向けて、2030年を目標に損失を止めて回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」という国際社会が目指す目標があります。日本国内でもTFND(自然関連財務情報開示タスクフォース)という企業・団体が経済活動による生物多様性への影響を評価し情報開示するといった仕組みも始まっています。

出典:https://www.iucn.jp/explanation/nature_positive/
日本は国土の約7割が森林を占めており、多くの生き物がその森林を住処としています。そのため生物多様性保全の具体的な取り組みについては、森林での活動が大変重要と言われています。
特に森林の中でも、人間が関わる頻度の多い人工林(スギやヒノキ林など)での取り組みが重要です。人工林において生物多様性と木材生産の両立をどう図るかは、これからの森林・林業分野の大きな課題とされています。
こうした背景をもとに山浦さんの講演会は、①草原(草地)の役割について、②木材生産と生物多様性を両立する具体的技術-保持林業-について、③嶺北地域に住む鳥(ヨタカ)について の3本柱で進められました。
草原の役割と木材生産の関係性について
先ほど日本は森林が多くを占める国だと書きましたが、山いっぱいに木が生えている現在のような風景になったのは歴史的に見ればごく最近のことで、昔は草地や低木の森が多くあったようです。
植物は何もしなければどんどん成長していくので、草地として維持するためには人間の継続的な働きかけが必要となります。昔は、燃料材としての木材利用や畑の肥料として利用するために草地に手を入れ続け、半自然的な草原が維持されていました。しかし、石油の登場や化学肥料の普及などにより、こうした草地の利用は縮小されていきます。人間が手を加えなくなった場所もあるでしょうし、当時は木材価格が今よりずっと高かったのでスギやヒノキなどのお金になる木が植えられもしました。
こうして草地はどんどん減っていき、人工林や自然に生えてきた木が占める森に変わっていきました。以上が草地の減少のおおまかなプロセスです。

こうした景観が昔は日本各地に広がっていた
生き物や植物の中には草地など明るく開放された場所を生息地として好む種類(草地性生物/植物)も多くいます。植物の絶滅危惧種の約30%がそうした種類にあたり、草地を住処とする蝶・鳥類も大きく減少しているそうです。
このように、自然に対する人間の働きかけがなくなった結果、住処を追われた生き物たちもいるということは驚きの内容でした。
山浦さんが過去に行った研究のひとつとして、林業活動と草地のつながりに調べたものを今回ご紹介いただきました。
木材生産活動である皆伐が行われた場所や、植栽・下刈りなどを行った若い人工林(造林地)では半自然草原に匹敵するような草地性生物の種類や数が確認されたそうです。若い人工林が草地性生物の保全に寄与するということが言えます。実際に、林業施業を通じてイヌワシを救う事例や減少していた草地性の蝶が若い造林地で生息していた事例などがあるようです。
このように、人工林での木材生産活動は、一方では草地性生物の住処を作ることにも関わっている、ということが分かりました。こうした視点を得ると、身の回りの皆伐現場の見え方も変わってくるのではないでしょうか。

生き物の住処としての価値も大きい
生物多様性保全と木材生産を両立する技術「保持林業」
木材生産の現場で生物多様性を保全する取り組みをさらに一歩進めるために現在実証研究が進められている技術として、保持林業(ほじりんぎょう)というものがあります。
一般的に木材の収穫作業である皆伐作業では、作業対象地内にある木をすべて切って更地にします。作業効率を高めるためと、そのあとに再び植える造林木をよく成長させるためです。
一方、保持林業では皆伐作業時に、人工林の中に生えている広葉樹を残しておきます。
前述したとおり皆伐作業は草地性の生き物にとっては好適な環境を作り出しますが、とは言え自然環境を大きく変える作業にはなるので、伐る前の森林を住処としていた生き物にとっては大きな負荷をかけることにもなります。そうした負荷を弱める、環境劣化の抑制という観点で、この保持林業が注目されています。
欧州やアメリカでは浸透しているもののようですが、日本はおろか東アジア地域では広がっていないのが現状です。山浦さんはこの手法が日本でも使えないかということで、北海道の道有林で実証実験を行いました。
伐採後に広葉樹を数本を残した場所では、その木を止まり木として利用している猛禽類や、残した木に巣穴を開けるキツツキ類、昆虫類も観察され、生物の住処を保全することにつながっていることが明らかになりました。また、どれぐらいの本数を、どのような配置で残すのが良いのか、複数のパターンのエリアを作って比較検討したり、その際の伐採作業時間も計測したり、現場で使える技術になるように開発研究を進めています。
山浦さんは、高知に異動になったこともあり、北海道とは打って変わって人工林と急傾斜地が多い高知でも適用可能な技術かどうか実証研究を続けられています。高知でできれば日本全国どこでもできるはずだということで、水源林や国有林を中心に取り組みが進められています。
将来的に、保持林業を通して生産された材に価値を付加できる可能性もあるなど今後の林業の多様な広がりを感じました。


嶺北地域にも生息しているヨタカと林業
最後により身近なテーマとして、嶺北地域での鳥の調査についてご紹介いただきました。その対象となっている種が「ヨタカ」という鳥です。
ヨタカは1970年代から1990年にかけて激減し、現在環境省RDの準絶滅危惧種にも指定されている渡り鳥です。タカの仲間ではなく、夜に飛んでいる姿がタカに似ていることから「ヨタカ(夜鷹)」と言います。
ヨタカは、草地や伐採跡地、幼齢林などの地上に巣を作り繁殖を行います。林業の主伐を通して生息場所を作りだすことができるという点で、山浦さんたちが今注目し、その行動範囲などを調査されています。
人工林施業が準絶滅危惧種であるヨタカを救うというように林業が保全にも貢献するということが、新しいやりがいや誇りにつながることが期待されると話されました。
おわりに
今回は、森林・林業と生物多様性の関わりについてのお話を通して、生物多様性について理解が深まる時間となりました。また、保持林業のように既存の木材生産と保全を両立させる具体的な取り組み事例の紹介もありました。特に皆伐というぱっと見は自然破壊のように見える行為にも、生き物の目線から見たときに積極的な評価ができる、というのは林業者にとっても新たな視点だったのではないでしょうか。
しかしながら、これは単純に皆伐をどんどんすればいいという話ではないということも念を押しておく必要があります。生き物には好ましい住処がそれぞれあって、それ全体が生物多様性を構成しています。その他の機能なども配慮しながら山林全体でバランスを取っていくという考え方がなにより重要だろうと思います。
参加者の皆さんからは次のような感想をいただきました。
- 生物多様性に関して実際に調査をして指標を扱う方のお話を林業に特化して聞けたのはよかった。
- この取り組みは小規模林業家の方が、取り組みやすそうに感じたので、実践できるようなところがあればやってみたい。その際に山主に説明ができるように知識を深めたい。
- 人工林林業の循環に『保持林業』を、より豊かな生態系へ促すための営みとして組み込むことはとても重要だと思った。
- 今後自分が施業をする上で山に対する見方がアップデートできた気がする。
- 普段スギやヒノキを対象とした施業をするなかで、草地のもたらす恵みに意識が向いたことがなかったため、新たな視点を持つことが出来ました。